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NHK『100分de名著〜人生の意味の心理学byアルフレッド・アドラー〜』第2回

このエントリーをはてなブックマークに追加 【劣等コンプレックスと優越コンプレックス】


劣等コンプレックスと優越コンプレックスは
劣等感、優越感と区別するために
用いられる言葉。

なぜ区別する必要があるか。
・・・劣等感は人は皆抱くものであり、
   優越性の追求は、今より良い状態になろうとすることであり、
   飛躍の原動力ともなり得るもの
だから。

劣等コンプレックスとは、
自分は*AだからB出来ない
   *AでないからB出来ない
と決めつけていること。

本来、AとBの間には確かな因果関係がないのに、
見かけの因果律を立てて、人生の課題から逃げようとする


その因果律はあくまでも他者との比較の中で生まれた
主観的な考えで、思い込みにしか過ぎないのかもしれない。

または、理想の自分と現実の自分とのギャップ。

しかし、この劣等コンプレックスは「目的」のために
利用しているものである、と考えるのがアドラー心理学。

つまり、劣等コンプレックスを利用して
「人と関わることを避ける」のが「目的」
になっているということ。

傷つきたくないあまりに、
他人との関係との中でより良くなる可能性を
初めから放棄してしまっている状態。

物語の中では、
「僕は容姿も良くないし、
頭も悪いしお金もない。
だから彼女ができない」
と言う男性が出てくる。

しかし容姿や頭の良し悪し、お金は
彼女ができないことの本当の原因ではない、
とアドラー心理学では考える。

彼がそこに因果律を作ることで、
本当の自分に向き合ったり、
他人と関係性を作る過程での傷つきを
前もって避けることができる、
そのために劣等コンプレックスを
利用している、ということ。



対する優越コンプレックスとは
・自分を実際より優れているように見せようとする
 (学歴、肩書、ブランド品、過去の栄光etc.)
・他者から自分がどう見られているかを非常に気にする。
・自分で自分についての理想を高くしようとする。
 (チャレンジする自分に酔っている)
・価値低減傾向・・・相手の価値を貶め、自分を優位に置こうとする
 (いじめ、差別etc.)
・不幸自慢(自分は特別であることのアピール)


優越コンプレックスも、劣等コンプレックスと「目的」は同じ。

実際よりも自分が優れている、または劣っていることを
必要以上にアピールすることによって
ある種の権力を手にしようとしている。

これもやはり、
人と心からの関係性を作っていく中で
自分が傷つくことを恐れている。


アドラーは言う。


「人と関わらない限り問題は解決しない」

「あなたには苦しみを乗り越える力がある」



ではどのように
劣等コンプレックス、優越コンプレックスを
乗り越えれば良いか。


人は競争、比較の中で生きているが故
劣等/優越コンプレックスを抱くのだ。

誰かに負けていると思った時点で
同時に誰かを見下していることにも気づくこと。

まずは、普通であることの勇気を持て。
「そのままの自分を認めよ」

「普通」=「平凡」という意味ではなく、
特別に劣っているor特別に優れている
という基準から離れること。

優れたライバルを持つのはいいことだが、
競争はしない。

平面を歩くイメージ。
上や下ではなく前や後ろを歩いている人がいる。

前進さえ続ければ
今前を歩いている人の場所にいずれは行ける。

後ろを歩いている人も
いつかは自分が歩いている道をたどる、
という考え方をする、ということ。




〜感想〜

司会の伊集院光さんも仰っていたが、
「劣等/優越コンプレックスを
自分が何らかの目的を果たすために
利用している」という考え方は
なかなか受け入れ難い人もいるだろう。

誰かを羨ましく思うことは私にはよくあった。

以前はそのような時、
「でも私には〇〇がないから無理」
などのように考えて諦めていた。

上で言う「AがないからB出来ない」というやつだ。

しかし本来はAとBに因果関係はないのかもしれない。

つまり、Aがなくても本当にBをやりたいのなら
できる方法があるかもしれない、のである。

そこに向き合うことは
もしかしたら痛みを伴うこともあるだろう。

不可能ということにして簡単に諦めていたことを
「〇〇すれば可能」という考えに変えるのだ。

〇〇の所は、おそらく
自分が一番苦手としていること、
が多いのではないかと思う。

人生でずっと避けてきたこと。

直視するだけで心がしぼんでしまうようなこと。

とっても面倒くさいこと。

でも、それを乗り越えることができたなら
もしかしたらすごい楽しい世界が待っている
かもしれないようなこと・・・

なのではないだろうか。



私は、その部分に目を向けることが
今では怖くなくなったし、
乗り越えられたかというと
そうでもない。

でも「AがなくてもB出来る」
という考え方が今はできるようになった。

Aが無い自分も
嫌いじゃなくなった。



そして、
上や下ではなく
平面の前や後ろや横を
いろいろな人が歩いているイメージ、が
とてもしっくりくるようになった。


だからアドラー心理学は本当だと思う。

とても受け入れ難い心理学だけど
とても身近で解りやすい。


第3回目もお楽しみに〜♪

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